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技を磨く方がよっぽど・・・

公開日: : 最終更新日:2019/10/10 未分類

まあ、昭和50年代半ば、遠い昔の普通の中学の話ですが・・・

(それも、自分はそう理解していたという範囲)

昔はいじめではなくてしごき・・・でも、深刻なことというより日常よくあったことのひとつ・・・それ以上に校内暴力の方が問題だった?

(おー野球部あったんだ・・・お前たちはまだないの?と、大人になる儀式?むしろ強がって自慢していた・・・)

練習後、1年でレギュラーとシートノックを受けるようなメンバーが立たされて一つ上の先輩に殴られる・・・今思えば本当に声が出ていなかったのかも(^_^;)

シートノックに入る1年が一人ずつ部室に呼ばれて暗くされて・・・自分も先輩のしごきにあうようなメンバーに入っていたのですが、その1年のメンバーで申し合わせて、暗い中どさくさに紛れて決めた先輩に反撃する・・・(こっちの方がむしろいじめか・・・)

ええ、レベルが低いというか幼稚というか・・・当然、すぐばれてしごきは倍増(^_^;)

(でも、ほかの一年にはそういうことはない・・・)

なぜ、そんな中で野球を続けてきたのか・・・

顔を殴られたセカンドの先輩に(今でいうリベンジ?)、キャッチャーからセカンドへの送球で、いいところに投げても捕れない速いボールを投げてやる・・・もともと残って送球練習(暗い中セカンドからバックネットに向けて)をさせられていたが、ギラギラしてやっていた(ただ動機がまったくWin-winではない・・・)。

(自分たちが、上になったら同じことをするのか?)

それが、しなくなった・・・(単発ではあったのかもしれない)自分たちの代のキャプテンがやらないと・・・

道徳的なエピソードというよりは結果を出していたから・・・入部したときに新しく顧問になった先生が実力主義をとって・・・そうなると試合経験があるから新人戦は有利。市のチャンピオンチームとしてスタートできた。

でも、顧問の先生の伝手?で隣りの市のチャンピオン(巨人の斎藤投手の母校?)にボコボコにされて(2回が終わらなかった?)・・・みじめで、ただ強くなりたかった。

先輩がいなくなっても、セカンド送球の練習を続けることができた。まあ、地方の普通の市の軟式ですが、(それでも、どの中学も1学年8クラス、多いところは13組のところも・・・)、3年の時には盗塁してくるのはあの中学のあいつと・・・試合ではあまり走ってこなくなっていた。

 

(いじめる方って、中途半端?)

「負けたくない」と壁に向かって当たらずに逃げた?

どうでもいいのをしごいているより自分の技を磨く方が、私は面白いことを教わった・・・

 

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